1月2日は書き初めの日。
古来、書道は文化の最高部門の一つとされ、それを極めるための努力が「書き始め」という新年の風習として受け継がれてきたのだろうと私は推測します。
そして、正月2日からその年の心構えや抱負を精進し続けることによって、願いも叶うと言われています。
我が道場では、新年の初稽古は「千本突き」から始まります。
道場の壁一面に門下生それぞれの今年の目標を貼り出し、目を凝らしてその目標を見つめながら、一本一本心を込めて千本突きを行います。
さて、「書道」もまた、武道と同じく生涯を通じて精進し続ける「道」の一つです。
私は、自分の好きな「道」に出会えた人は幸せな人だと思います。
「書道」「華道」「茶道」「柔道」「剣道」「合気道」「空手道」……。どんな「道」であれ、一つの「道」を歩み続けることで、人生に「深み」と「豊かさ」を感じることができるからです。
残念ながら、入門したばかりの若い門下生の中には、「サッカー」を習うことと「武道」を習うことの根本的な違いを理解していない人が多いです。
そのような人は、1年、2年という短期間の「道」の修行の後に、他の習い事に移ってしまいます。
いや、移れてしまうと言い方の方が適切かもしれません。これは非常にもったいないことです。
私は長い年月をかけて、一人前の「極道者」になりたいと思っています。
しかし、ここで誤解してほしくないのは、「極道者」の意味です。
「極道者(ごくどうしゃ)」は、「ごくどうもの」とは全く異なる意味を持つ言葉です。
極道者(ごくどうしゃ)とは、もともと仏教用語で仏法の道を極めた高僧を指す言葉であり、私はこれを少し広く解釈し、「道を極めた者」という意味で用いています。
少し話が逸れますが、江戸時代には「侠客(きょうかく)」と呼ばれる人物がいました。
彼らは弱い者を助け、強い者を挫く存在として知られ、その中でも特にその道を極めた者を「極道者」と称しました。その後、この言葉が「ヤクザ者」に重なるようになり、さらに時を経て「極道者(ごくどうもの)」と呼ばれるようになりました。
話を戻しますと、
自分の歩むべき「道」を見つけた者は、まさに人生の「宝」を見つけたのと同じです。
あとはその道を大切に、一生をかけて磨き続ければ良いだけです。
そして、いずれはその「道」を極め、立派な「極道者」になれることは間違いありません。
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