大会に参加するということは通常の稽古とは異なり、多くの人に見られるため、「胆力」が鍛えられるのは間違いありません。
しかし、それ以上に大切な意味があるのではないかと思います。
試合には必ず勝敗がつきものです。
私の考えでは、格闘家を除き、
「武道」は「禅」と同じように捉えるべきではないかと考えています。
試合で勝って嬉しい、負けて悔しいといった心の「揺れ」は、むしろ戒めるべきではないでしょうか。
私は、大会に出ることを座禅を組むようなものだと考えています。
すなわち、
余計なことを考えず、心を空にして、雑念が湧いてもそれに執着せず、水が流れるように心を清らかな状態に保ちながら無心で型を打つこと。
この心構えができるかどうかが、大会に参加する意義だと思っています。
大人であれば、勝敗を超えた視点で、武道の本質を見つめ直すことに意味があるのではないでしょうか。
もちろん、考え方は人それぞれ異なるものです。
しかし、武道を始めた時、黒帯を取得した時、二段、三段、四段に進んだ時、それぞれの段階で捉え方が変化していくものだと思います。
私自身、最近になって非常に興味深いことに気づきました。
それは、
段位が上がることがゴールに近づくことだと考えていたのは、大きな誤解だったということです。
多くの人は、段位を取得することをゴールに向かう一歩一歩の階段だと考えるでしょう。
確かに、間違いではありません。
しかし、
段位の昇進には、段差の違いがあることを忘れがちです。
初段から二段、二段から三段の間では、正直なところ、段差の違いに気づかないことが多いでしょう。
しかし、三段から四段に進むとき、「えっ、いきなり段差が高くなっているのでは?」と感じるはずです。
四段から五段への昇進では、「これ、登れる高さなのか?」という疑問さえ浮かぶでしょう。
そして、六段、七段と続く段位の高さに、厳しさを感じるようになるのです。
言いたいのは、
段位が上がれば上がるほど、ゴールが遠のいていく感覚を味わうということです。この段差は、おそらく私が勝手に想像してしまったものかもしれません。
そうした挫折感の中で、ただひたすら「型」を打つ。ただそれだけが大切なのだと感じています。
逆に言えば、それができるようになったときこそ、胸を張って武道家と名乗れるのではないかと思うのです。
道はまだ遠く、私は未熟者です。
しかし、私にできることは実は一つだけ、それは「禅」です。
雑念を取り払い、心を無にして「型」を打つこと。この姿勢こそが、私が目指す武道の本質だと信じています。
試合の勝敗がどうであれ、私にとって「武道」とは「禅」と同じものです。
まだまだ道は遠い、けれども「拳禅一如」の精神を忘れずに歩み続けたいと思います。
一人で道を歩むのはとても困難です。
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